AIT work abroad
#013 アメリカ・ロサンゼルス
Ms.Shinobu Hukuhara
Japan Publicity, Inc.
福原 忍さん


福原 忍さん
神奈川県横浜市出身。日本で高校を卒業した後、自動車タイヤ製造会社の事務職にて三年間勤務。後、生命保険の営業を四年、人材派遣コーディネーターを二年、オフィスコーヒーサービスの営業を三年、自販機販売の営業を四年経験後、渡米。現在、ロサンゼルスにオフィスを構えるJapan Publicity, Inc. にて、日系電話帳「羅府テレフォンガイドTM」、オンライン電話帳「コンパス*コンパス」の営業を担当。悪戦苦闘しながらも、売り上げ成績は常にトップの、会社にとって外せない稼ぎを頭として君臨している。
    
 

ー 歩むのも自分。戻るのも自分。進まないのも自分。
      夢を描き続ける鉛筆のように、削られるのを恐れず、

                 芯をしっかり持ち、前に進み続ける ー

 
福原さんは渡米半年目にも関わらず、仕事も私生活もとてもアクティブに活躍されているようですが、いつ頃から海外に行く事を意識していたのですか?
日本で英会話を習っていて渡米前に2,3回LAに来た事はあって興味はあったけれども、実のところ、まさか自分がLAで仕事するとは思ってはいませんでした。英語の先生がLAでのアメリカ体験ツアーを毎年開催してくれていて、そのツアーに参加した際にLAに来ていた事もあって、LAとは不思議な縁で繋がっていたのかもしれません。

そんななか、偶然、私の知り合いが現在勤めている会社の社長と知り合いで、話が舞い込んで来て突然渡米が決まったのです。
長年、日本で営業の仕事をしていたのですが、本当のところ、もう営業の仕事はこれで最後にしたかったんです。今迄の仕事の総決算を新しい土地、アメリカで渡来してみよう、と思って決めました。

29歳から31歳くらいまで、週一回、英語の個人レッスンに通っていましたが、それも別に留学や海外就職の為とかではなかったですし。当時組んでいたバンドでボーカルをしていたのですが、歌詞の英語の発音を良くしたくて通っていましたから。

それに、二十代前半は、仕事をしながらも、警察官になる夢を持っていました。正義感が強いので、曲がった事は許せないのです。以前に、電車の中でお年寄りに席を譲らないオバサンとケンカしたり、たまたま目撃したひき逃げ犯を追いかけたりした事もあります。 
え!電車の中でケンカとかひき逃げ犯を追うなんて、細くて可愛らしい福原さんからは想像が付きません!でも、その生真面目さが仕事にも生きているんでしょうね。

日本の営業職はとても厳しいと聞きますが、どのような事をされていたのですか?
厳しい会社だと、守らなければいけない規律が沢山あったり、プレッシャーが大きかったりして、大変な毎日でした。でも、私は人運が良いのか、私を娘の様に可愛がってくれる素敵な上司や同僚に恵まれていました。
四年間勤めた生命保険の所長は、お客様の元へ訪問した際、迷惑がられて水をかけられたそうです。普通の人だったら、二度と行かないか怒ってしまうところを彼は次の日再訪したそうです。シャンプー持参で(笑)
「こんにちはー!今日はシャンプー持参で参りましたー!!」って明るく。そうやって体を張って笑いをとって働く彼の姿を見て、営業ってこういうものなんだ、という事を学びました。

でも、厳しいチームワークの営業は本当に大変でした。全て飛び込み営業で、朝、他の営業と共にビルの前で下ろされて一番上の階から一部屋ずつ全部廻って営業。中には忙しくてイライラしていて、私の名刺を目の前でビリビリ破る人などもいました。
評価も厳しくて、結果が出ないと自分だけでなく、自分の直属の上司まで怒られる。上司が怒られては申し訳ないから契約が取れるように頑張るのですが、そうそういつも上手くいくわけではなくて。ストレスも溜まるし、責任重大でした。
日本での営業経験はそんなに厳しかったんですね!でも、その経験があればアメリカに来ても仕事に関する心配などは無かったのではないでしょうか?
そうですね。”当たって砕けろ”な気持ちでいきなりアメリカに来てしまいましたし、なるようになれ!と思っていたので、運転が少し心配だったくらいで、余り不安は無かったです。
さすがですね!その勇気と行動力は営業職には不可欠ですね。その強いメンタリティがあれば、どこへ行っても生きていけますね。
では、現在働かれている会社や仕事内容について教えて下さい。
営業職としてくらべると、日本のほうが厳しいと思います。日本とロサンゼルスの日系コミュニティの大きさの違いもあるのかもしれませんが……。日本の方が、お客さんも他社の営業に会う機会が多いからか、煙たがられて酷い扱いを受ける事も多々ありましたしね。それから、仕事のスタイルも、こちらでは車移動なので、電車移動の日本に比べたら断然楽です。ロサンゼルスは気候もいいので、運転していて気持ちいいですし。雨の日や暑い日の日本での営業は本当に大変ですからね。

でも、厳しかった日本での経験は、今になってとてもとても活きています。アメリカに来てから余計思うことですが、そういう過去の苦労にさえ、感謝の気持ちを持つようになりました。アメリカでは、皆さん、”thank you”をよく言いますが、日本では”すみません”ですよね。やっぱり、”ありがとう。Thank you”の方が、言っても言われても気持ちのいいものですよね。

会社も、上司にはとても大きな感謝の気持ちを持っています。渡米して間もなく、生活を始めるのも大変だった私に、生活の始め方を教えてくれたり、手伝って頂いたりしました。特に社長は、アメリカでの親だと思っています。アメリカに降り立ったとき、空港で彼が待っていてくれて、生まれたばかりのアヒルが初めて見たお母さんを親だと認識するように、アメリカでの親が出来たような気がしました。そんな上司に恩返ししたい気持ちが、働く気持ちを強くしてくれているのかもしれません。
 
そういう風に仕事以外でも助けてくれる”心の親”みたいな人が上司だと、心強いし、働きがいもありますね!
では、アメリカで働くにはどういったマインドが必要だと思いますか?
自分で目的を持って、決めたら迷わないで進めばいいと思います。そうすれば、結果がどうであれ、後悔しません。
歩むのも自分。戻るのも自分。進まないのも自分。 でも、他人の意見に耳を傾け感謝する心はいつも必要だと思います。そして大切なことは、自分がどうしたいかだと思います。それが無ければ何も始まりませんし、夢や結果もついてこないというのを実体験を基に学びました。
私の大好きな話で、夢を鉛筆に例えた話があります。 鉛筆は、削れば削る程、磨かれて芯が出て来て書ける様になる=夢が実現する、という訳です。でも、"削る"のは"痛み"や"苦労"でもあります。 だけど、鉛筆は、そこで削らなかったら、ただそこに転がっているだけで、書けない=夢も実現出来ない、のです。 だから、夢を叶える為には自分から身を削ってでも動かなければいけないのです。そうすることで、少しずつ夢に近づいて行くのです。
素晴らしい話ですね。痛みや苦労は後に必ず役に立つ、必然的なものですものね。 では、日本に居る、アメリカ就職希望の方々へ、日本で準備しておくといい事や就職活動のアドバイスをお願いします!
基本的な事ですけど、事前にある程度の英会話とアメリカの文化や地域情報を得ておくといいと思います。 あと、こちらは車社会なので、運転が出来る様になっているといいと思います。
また、就職活動は、日本からだと難しい事もありますが、ネットやフリーペーパーなどで情報を収集して、面接では明るく大きな声で臨めばいいと思います。 それから、大学を卒業しておいた方が就職先も多くなるので、可能性を広げるためにも行っておいた方がいいと思います。そして、同じ職種を長く続けておいた方が、後に役立つと思います。
より深くて質の濃い仕事をする為にも、長い実務経験があると、アメリカでの仕事にもやりがいを見つけられると思います。 ビザ関係はしょっちゅう法律が変わったりするので、よく理解しておいて準備を万全に整えておく事が必要だと思います。
日本からでも、渡米準備は前々から整えておいた方が、アメリカに行ってからもより内容のある仕事ができますものね。
では最後に、今後の抱負と将来の夢を教えて下さい!
自分の名前を残すような仕事がしたいです。
何年も経っても、"福原忍って、いたよな??"と思い出されるような人になりたいです。私が働いたことを刻み付けておけるような仕事をしたいと思っています。
また、私たちが作っている、日系電話帳を通して、もっと日系コミュニティの繁栄に貢献したいと思っています。 それから、プライベートでは、幸せな家庭を作りたいと思っています。
バリバリ仕事を楽しんでこなしている福原さんは、仕事に対して熱い情熱を持っているけれども、オシャレも楽しんだりしていてとってもチャーミングな女性。ポジティブで明るくて、周りを暖かくしてくれるオーラのある人です。一緒に話していると、こちらまで良いエネルギーをもらえている気がしました。 そんな福原さんは、仕事以外の時間は、ローカルの大学のアダルトスクールにてESLのクラスを受けたりして、自分の可能性をどんどん伸ばしている、との事。週末には、ホストファミリーとランチを一緒にしたり、教会に行くと心身リフレッシュ出来る、と言います。また、バレーボールのサークルに入ったり、観光地に足を運んだりと、アクティブなアメリカ生活をエンジョイしていて、仕事もプライベートも充実した毎日を過ごしているようです。